2020年12月 1日 (火)

京都府立丹後郷土資料館

宮津市は天橋立が有名であり古代には一望できる場所に丹後国分寺が

建てられました。資料館はその地にあるのだが、独特の文化を持つ丹

後地域の歴史や文化を伝えています。

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丹後地域は、日本海を通じた交易が盛んであり、ガラス釧や玉製品な

ど豪華な副葬品を持つ弥生王墓や、日本海側有数の前方後円墳が残っ

ている。

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レプリカだが金銅装環頭太刀。古墳時代の物で見事で美しい。

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大江山酒呑童子の昔話について解説有り。小規模の博物館だが宮津独

自の文化を紹介しています。こういう展示の仕方もいいですね。

2020年11月19日 (木)

山口県立山口博物館

山口市にある博物館で道を挟んで県庁の反対側近くにあります。道路

からは少し奥まった所にあるのだが、道路側に博物館の看板等は無く

初めての者にはわかり難い。山口県民は誰でも知っているのでこれで

良いとしているのだろうか。

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入館には画像による体温測定をパスする必要があります。

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電気や化学、機械の実物展示、歴史上の文化遺産などが展示されてい

ます。

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明治維新のころ活躍した郷土の偉人についての解説も当然多い。

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博物館としての評価は分かれると思います。機械あり古代あり人物あ

り蒸気機関車ありといった具合でテーマがばらばらの展示に感じます

。個々の展示物は興味を引くものがあるのだが連続性がなく次の展示

で全く別物をみるという具合です。これはどうしたものか。山口県に

もこうしたものが有りますよというだけで整理されていない。力を入

れていないようだ。福井県立歴史博物館のレベルには到底及ばず、当

然岩手県立博物館の比ではない。山口県は産業や政治家の力は強いが

文化の力は弱いのではないかと思えてくる。博物館を見ると文化に対

する各県の姿勢が見えてくると思うのだがどうでしょう。

2020年11月15日 (日)

松江城鑑賞

先月島根に旅行したが松江城には時間の都合で行くことが出来なかっ

た。今回は時間を整えて最初に訪問しました。

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大手門の駐車場前です。城壁の前には大型トラックが停まっていて大

勢の人が舞台状の物を組んでいます。ここで行われるイベントの準

らしい。

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松江城は江戸時代慶長期に築かれた城で天守は国宝、城跡は国の史跡

に指定されています。明治初期全国の多くの城が取り壊される中、旧

藩士や豪農の奔走によって取り壊しを免れたらしい。外観は4重、内

部は5階、地下1階の構造で実戦を意識した造りという。

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天守入場料は680円。ここで靴を脱ぎます。

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内部は採光が乏しく暗いです。生活の場ではないのでこれでも構わな

いのでしょう。いたるところに挟間や石落としが設けられています。

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急な階段だが先の方が上に向いているので滑り落ちるということは少

なそうです。しかし昇り降りには気を使うね。

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松江市内が一望できます。

2020年10月20日 (火)

島根県立古代出雲歴史博物館

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出雲市にある歴史博物館で出雲大社の隣にあります。島根県には単に

県立博物館と称するものはないのだがこちらの出雲歴史博物館がそれ

に該当するようです。

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出雲大社を中心とした古代出雲についての展示を行ってお

り、常設示はテーマ別展示室、神話展示室、総合展示室

に分かれている。

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出雲大社境内から出土した宇豆柱で巨大神殿の柱とされてい

ます。

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巨大神殿の模型。形はあくまでも想像のものだが実際にあっ

たものを見たら誰もが驚嘆したことでしょう。

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北松江駅を再現したものらしい。木製の改札口などシニアに

は懐かしいものだが、こういう展示もするなら古代出雲など

とせず単に歴史博物館で良いのでは。

2020年10月19日 (月)

石見銀山世界遺産センター

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東横インの豪華な朝食をいただきます。今日の始まりはここから。

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石見銀山は島根県太田市にあります。世界遺産に登録されているらし

い。

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こちら世界遺産センターは石見銀山の歴史と鉱山技術について解説し

ています。銀山の坑道(間歩、まぶ)を見学したかったのだが現在特

定の日で予約者のみが見学できるようです。崩落とかがあって危険な

ためらしいが、佐渡の金山と同様の見学を予想していたのでこれは残

念でした。

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本物も展示してあるがそれは撮影禁止です。これはレプリカですね。

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灰吹き法という精錬技術で取り出した銀を選別しているところらしい

。過程で酸化鉛の粉塵が出るがその毒性のため作業員の命は短かった

という。

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掘り進むためのたがねは大事に大事に使ったらしく4センチぐらいに

短くなったものが現場から見つかっています。

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江戸時代後半ごろからは採掘量が減少し、地中深く掘り進んだものの

次第に採算は取れなくなったらしい。黄銅鉱などの鉱石を採掘したあ

と明治のころに休止し閉山となっています。

2020年10月17日 (土)

足立美術館

島根県安来市にある美術館だが近代日本画を中心とした展示をしてい

る。また見事な庭園もあり外国雑誌による日本庭園ランキングでは何

年も日本一を続けているらしい。

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広大な駐車場を有しています。ナンバーを見ると各地から来ているよ

うだが北九州からも多く来ているようです。

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入り口から通路を歩いていくと広大な日本庭園を見ることが出来ます。

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足立美術館創設者足立氏により、庭園もまた一幅の絵画であるとして

出来たらしい。しっかり手入れされた庭園だと思うが素人の私には素

晴らしさが今一つ分からないのですけど。

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橋本関雪、川合玉堂、上村松園、北大路魯山人などの作品を鑑賞する

ことが出来るが特別展として横山大観展を開催しています。大観の作

品は131点を所有するといわれこれは日本一らしい。

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「無我」

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「紅葉」

横山大観の作品を見るだけでも此処に来た価値があると思いました。

2020年10月 3日 (土)

北前船の里資料館

加賀市橋立町にある施設です。北前船に関する資料館は日本海側各地

にあるのだが橋立は加賀藩内であるため商いも大きく資料も多く残っ

ているらしい。

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明治のはじめ酒谷長兵衛が建てたらしい。6隻の船を持ち巨額の富を

築いたとされています。

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どこまで続くのかと思うほどの大広間。

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海難事故は多かったらしい。

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急な階段を上がった二階にも資料が展示されています。

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トイレの手洗い場。明治の初めの建物内にしてはしゃれています。

2020年8月22日 (土)

明石市立文化博物館

明石城跡のある明石公園に隣接しています。

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常設展だけを見るつもりで来たのだが、特別展としてシルバニアファ

ミリー展を開催中で常設展だけを見ることは出来ないという。おまけ

に常設展は200円なのだが特別展のため1000円という観覧料だ

。シルバニアファミリーなど全く知らないし止めておこうと思ったの

だがシニアは半額になると聞いて観ることにしました。

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明石市は明石原人の腰骨が発見されたことで知られる。昭和の初めに

アマチュアの考古学者が発見したが当時は相手にされなかったらしい

。これは鑑定のため東京帝国大学に送られその石膏をもとに復元した

もの。肝心の骨は戦時中に焼失したらしい。

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旧石器文化の存在があり縄文時代以前に人類が日本列島に存

した可能性を証明できる発見だったが、現物がないため解

明は出来ていない。実に残念なことだ。

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200万年前に棲息したアカシゾウの模型。

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人形が所狭しと展示されています。全く興味を引くものは

なく早足で観終わりました。女性や子供が多く来ていたが

これのどこに惹かれるのだろうか。

2020年8月10日 (月)

鷹匠デモンストレーション

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六呂師の福井自然保護センターです。館内では福井県内の星空絶景ス

ポットで撮影された美しい天体写真や星景写真を多数展示するふくい

星空写真展を開催しています。

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そして屋外では鷹匠デモンストレーションが開催されました。暑い日

だが午前の部では約400人ぐらい集まったらしい。私は午後の部の

参加で約300人。

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センター本館前の広場で、タカをダイナミックに飛ばした

り、タカ生態について解説がありました。鷹匠とはタカ

飼育・訓練する専門家で小松から来ているらしい。

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猛禽類のタカは生態系の頂点に立つとされているが臆病で当

人間には慣れにくいらしい。訓練は夜間に連れ出しライト

や人の姿に慣れさせる事から始めるという。

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飛び立った後鷹匠の腕に上手に止まるのだが、一動作ごと

に肉を食べさせています。鷹狩はタカが獲った獲物と餌の

を交換することで成立しているらしい。

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ミミズクも同じように訓練されます。飛ぶときの翼の

切り音は聴こえず動きは緩慢でも狩りは上手いらしい

古代から続く貴重な鷹狩の一部を見ることが出来ました。

2020年7月28日 (火)

みのかも文化の森

市民ミュージアムとして2000年に開館したらしい。

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美濃加茂市は木曽川が市内を縦断していて人々は古代から川と共存し

てきたようだ。1900万年前、水辺をカニサイが歩いていらしい。

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土器についての解説を子供が熱心にメモしています。

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材木は木曽川を利用していかだで輸送していた。

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いかだはこのように組んだらしいがこの上に乗って川を下るのはかな

り勇気のいる事だったでしょう。

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子供も興味が湧いてきたようです。先生も土器に模様があることにつ

いてなぜそうなのかを考えるよう手引きしているようでした。私が子

供の頃にはこういう教育は無かった。今の子供はいいね。

2020年7月24日 (金)

ヤマザキマザック工作機械博物館

美濃加茂市にある企業博物館です。昨年の11月に開館したらしい。

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看板は立派だし駐車場も広々としているのだが建物は小さな三角錐の

ようなのが一つあるのみです。子供向け施設とされている評価もあっ

たので簡単な物だろうと思って入館しました。料金は500円。

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入念なコロナ対策を実施した後説明をうけると展示物は地下2階から

見てくれという。なるほどだから地上の建物が小さかったのか。

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説明によると博物館は地表から11メートルの深さにあり温度変化の

少ない地熱を空調に活用し省エネをしているという。如何にも先進的

な試みだが工事費や湿気対策が気になる。

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黎明期から現在に至る旋盤など工作機械が展示されています。これは

足踏み式です。

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江戸時代末期、外国ではこのような工作機械がどんどん作られていた

と知って驚く。

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戦前の工作機会社唐津鐵工所の横中ぐり盤。外国の技術を取り入れ国

産化したようです。

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1970年頃ヤマザキマザックの旋盤。当時から大好評で爆発的に売

れたらしい。これより小さいのを町の工場で何回か見たことがありま

す。

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NC初期の製品。切削工具マガジンを載せたまま、加工時常に動く構

造で素人が見ても無駄があると感じる。あまり売れなかったらしい。

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地下一階には何と工場があって見たところ無人のようでした。搬送機

が頻繁に動いているしロボットアームが高速で動いている。作業をし

ているのは間違いないが不気味と言えばそうですね。地下にあるので

振動には強いかもしれない。機械系博物館としては見応えがあります

。名古屋のトヨタ産業技術記念館も素晴らしいがこちらもおすすめで

す。

2020年6月13日 (土)

平城宮跡を鑑賞する

近鉄電車で奈良市に向かうと右手側に大きな建物が目に付く。朱雀門だ。

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もちろん復元されたものだが平城宮(へいぜきゅうと呼ぶのが正しい

という)の正面に位置する最も重要な門であったらしい。

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朱雀門を過ぎると近鉄奈良線で頻繁に電車が往来している。誰もが違

和感を感じると思うが発掘時期にはすでに営業中だったので簡単に線

路を変更できないようだ。

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中央区朝堂院、南門、などは復元工事中です。

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復元された第一次大極殿。朝廷の正殿で国家的儀式が行われたところ

らしい。

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朱雀門も第一次大極殿も威風堂々として世界に誇れる建築物だと思う

がこの日は閉館中で見学できませんでした。第一次大極殿の右側には

第二次大極殿跡があります。こちらは朝政の場、つまり朝廷の政務一

般が行われたところらしいが、朝早く朱雀門をくぐり広大な庭を歩い

て大極殿向かう役人は日々誇らしい気分になっていたのではないでし

ょうか。

2020年6月 9日 (火)

うすくち龍野醤油資料館

醤油が産業として確立したのは16世紀の頃らしい。野田や銚子が有

名だが龍野もそのひとつです。

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龍野醤油をヒガシマル醤油と改称したころ本社であった建物を醤油資

料館としています。

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ヒガシマル醤油のうどんスープは近畿地方で絶大な人気があって各家

庭に常備されているらしい。私の場合すがきやとどちらのスープにす

るか悩むこともあるのだが次回は必ずヒガシマルにします

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こちらの醤油原料は大豆、小麦、米、塩だが米は蒸して甘酒にするの

が他所とは違いうすくちになるとのこと。

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当時の各種道具も展示されています。

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社長室らしいがどんな会話が交わされたのでしょうか。現在のヒガシ

マル醤油は揖保川沿いに近代的な大工場が建っていてその威容に圧倒

されます。それもこの伝統があっての事でしょう。

2020年6月 8日 (月)

龍野城

たつの市龍野町にあります。

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明治の初め城は廃藩置県により取り壊され、その後近くに裁判所が

てられています。こちらは再建されたものですね。


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理門。

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本丸御殿。城主は次々と変わり一時は代官により支配されていたとい

います。そのため脇坂氏が入部した際には城や侍屋敷は取り壊されこ

とごとく田畑になっていたらしい。幕府に忖度した脇坂氏は本丸御殿

の城とし政庁と藩主の住まいとしました。天守が無いため大分違和感

があります。

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内部は資料館になっていますが興味をひくものは少ないようです。奥

にあるトイレを借りたのだが、室内が香り高い杉板で作られていて設

備も最新機器で実に快適でした。

2020年6月 5日 (金)

たつの歴史文化資料館

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龍野城敷地内に郷土出身八重洲ブックセンター創業者により建物の寄

贈を受けたらしい。

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小規模のながら石器から縄文時代、城下町から近世まで展示されてい

ます。

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各地で発掘される三角縁神獣鏡だが播磨地区では最も古い古墳からの

出土らしい。

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7世紀の条里制が整った頃当地は瓦造りが盛んだったといいます。

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南部は瀬戸内海に面しているので漁業が盛んであるらしい。魚獲りを

許可する鑑札。

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梛八幡神社の獅子舞。如何にも面白そうで一度見てみたいものだ。

2020年4月16日 (木)

七里の渡し

七里の渡しとは江戸時代始まりの頃東海道における唯一の海上路で、

熱田宿と桑名宿間は海路で通行する事とし、その距離が七里であった

ことに由来する。ブラタモリでは熱田側が紹介されていましたね。

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こちらは桑名側で揖斐川と長良川が合流する河口近くになります。

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伊勢の国東玄関として鳥居が建てられたらしい。現在は伊勢神宮宇治

橋の鳥居を使用しているという。

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前方に見える白い建物は水門の管理棟になっているようだが昔にもあ

ったらしい。

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浮世絵に描かれています。この辺りに多くの船が係留されていたので

しょう。

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遺構らしきものはほとんど残っていないので歴史を感じたい者には残

念な状況です。周辺は公園として整備されていて河口をのんびりと歩

く人が見受けられました。散歩には良い場所だと思います。

2020年4月 2日 (木)

八甲田山雪中行軍遭難資料館

青森市から十和田湖に向かう道路沿いにあります。地名は幸畑だが映

画「八甲田山死の彷徨」で聞いた地名のような気がします。雪中行軍

の途中道であるわけだがこの辺りはなだらかな丘という印象です。

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バス停の名前は幸畑墓苑となっていて墓地公園として整備されていま

す。

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明治35年青森歩兵第五連隊は雪中行軍を実施するのだが途中悪天候

で大部分の者が死亡するという惨事になった。世界最大級の山岳遭難

事故とされています。行軍道中の大滝平では後藤伍長が立ったまま仮

死状態で見つかったらしい。これは馬立場にある記念碑のレプリカで

す。

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当時歩兵の弁当だが凍って食べることは出来なかったらしい。

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冬山に対する装備が貧弱で寒さに対する知識も少なかったらしい。

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映画では神成大尉と山口少佐の指揮系統に齟齬があり遭難の一因と

れているが、当時の行軍そのものが無理なものであったらしい。ま

救出された山口少佐は病院で責任を取って拳銃による自殺をしたこ

になっているが凍傷で不可能だったという。陸軍の記録では心臓麻

とされているが、不祥事の発覚を恐れた陸軍が毒殺したという説も

ります。

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明治36年に創設されたらしい。山口少佐や下士官、そのほか200

名あまりの墓碑が並んでいます。

2020年4月 1日 (水)

青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸

青函連絡船が廃止になった後、青森の記念碑にしようと平成2年青函

航路の花形だった八甲田丸を往時に近い状態で海上博物館として保存

している。

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当時は青森駅から橋を渡って直接船に乗れたのだが現在橋は取り払わ

れています。階段を上って船内に入るわけだが係留するため岸側の船

体には鉄骨が追加されていました。

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駐車場があります。

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青函連絡船には3回乗船しているわけだがこの八甲田丸に乗ったかど

うかは覚えていない。約4時間の乗船で甲板に出ると煙突からの煙の

臭いがひどかったのを思い出します。函館からの帰りでは船を降りる

とすかさず走り出して汽車の座席を確保する人が多かったのは懐かし

い思い出だ。

2020年3月31日 (火)

青森県立郷土館

青森市内にある博物館です。昭和48年に開館したらしい。

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道路沿いにあるのですがこの左側に駐車場があって楽々停めることが

出来ました。

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2階は考古、自然、歴史の展示。3階は民族や郷土の先人の展示など

。りんごと青森県とされる展示があるのはさすがに当地だけのことは

ある。

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青森県には青森市三内丸山遺跡、つがる市亀ヶ岡遺跡、八戸市是川遺

跡など名だたる所が多くあります。こちらでもいろいろ紹介されてい

るのだが各地の遺跡にも展示場があるので展示物の重複感は否めない

。時間の無い人はこちらだけ見ても十分満足できると思います。

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土器は簡単に出来ると思っていたがかなり手間を掛けていたらしい。

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八戸市是川遺跡から出土した合掌土偶のレプリカです。本物は八戸の

是川縄文館に展示されているので見に行きたかったが、青森市からは

かなり遠いのです。レプリカとしても不思議な土偶を見ることが出来

たのでこれで良しとしよう。

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亀ヶ岡石器時代遺跡より出土した遮光器土偶のレプリカです。本物は

東京国立博物館にあるらしい。これも不思議な土偶といえる。

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考古学の展示として広範に展示されています。見応えはあるのだが来

館者は実に少なくて私のほか一人だけだった。受付の人は2名であっ

て座っているだけなので如何にも暇そうでした。

2020年3月30日 (月)

特別史跡 三内丸山遺跡

東横インは簡素ながらバイキングの朝食が付いてこれも楽しみの一つ

だ。エレベーターに乗ると、

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個包装で提供とある。時節柄どのようにしているのだろうと思ってい

たのだが個包装とは、

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おにぎりと玉子焼き、ソーセージと漬物。そしてカップのみそ汁でし

た。いつものバイキングからみるとずいぶん寂しいが仕方あるまい。

もちろんお替りは自由です。

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宿泊客も少ないと見えていつもは混雑する会場もがら空き状態です

当然中華系言語は皆無ですね。

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青森県は全国的にも遺跡が多いことで知られる。海が近くて北海道か

らの往来も多かったためと思われます。その中でも三内丸山遺跡は江

戸時代から知られているほど日本でも有数の巨大集落があったらしい

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館内の展示物と屋外の復元展示物にわかれます。まずは館内から。

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多くの遺物を見るとこの地が広範な地域との結びつきが有ったことが

分かる。

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館内から外に出ると竪穴住居や掘立柱建物などが復元されています。

住居跡は780軒にも及ぶらしい。6000年から4000年前まで

集落を形成していたといいます。

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巨大な集落には大型の住居も欠かせない。巨大な栗の木で作られてい

たらしいが、それらは栽培されたものを利用したといいます。縄文時

代では食料などを確保するため定住することは少ないのだがこちらは

よほど条件が良かったということでしょう。そういえばこの地は海あ

り、川あり山ありそして平野ありとすべての条件がそろっています。

稲作が始まるのは2000年以上後の事で、食料自給は厳しいながら

、協力して生活を営んでいたことと思われます。